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2017年3月1日水曜日

There are 5 of us in my family

I renewed my Youth Hostel membership card yesterday. Renewal cost or rather annual fee is 3,000 yen. I transfer using Net Bank putting my registration number in message column of bank transfer form. Only if you have a membership, you can stay there much cheaper than nonmembers. The price is 500 yen discount per person. When my family, 5 of us, gets a membership, we can break even right away.

2015年8月21日金曜日

桃岩荘の思い出

◉北海道礼文郡礼文町香深元地

旅立ちの朝、2泊3日の滞在を終えた小学5年生は宿をあとにする。父親に連れられて「見返り坂」と呼ばれる道をのぼり始めたころ、宿の「緊急指令」によってスタッフは勿論、どこからともなく宿泊者が玄関前の広場に集まってくる。波の音が聞えなければ港の反対側にあたるこの辺りは人家もないもの静かなところ。宿をあとにする若干10才の少年に向かって見送りの「歌」が合唱される。『またくるよ~う』と大声で叫び返すわが息子はじめは、将来必ずまた此処を訪れるだろう。


●「見返り坂」で発ったばかりの「桃岩荘」を振り返り叫ぶ息子はじめ


昭和42年開設。岩壁の下にある100年を超える木造宿舎は、いったん営業を止めてしまえば逆立ちしても営業許可は下りないだろう。事実昨年の8月の礼文島を襲った集中豪雨では、宿舎から目と鼻の先で土砂崩れがあったそうだ。宿の直撃は免れたものの、孤立した桃岩荘のホステラー(宿泊者)とヘルパー(スタッフ)たちは救助隊のヘリで救出された。

全国各地、いや世界から集まる老若男女。学生グループは勿論だが意外にも60歳前後の男性が目に付く。その男性たちはいずれも独りで、しかも長期滞在者だ。聞くところによると6月1日の営業開始から9月末までの桃岩荘の営業期間内にまるで此処が自宅であるかのように振舞い住み込む常連客も珍しくない。


桃岩荘の中心は宿泊者、ホステラーを飽きさせない工夫がいたる所にちりばめられている。その演出役がヘルパーであり、彼らは息をつく暇もなく、まるで役者がごとく常に多種多様な仕事に追われている。並の人間ではとてもこれらの仕事をこなす事ができないだろう。見るところそのヘルパーの中心は4人の若者男性で、多忙な一日の仕事を交代でこなしているようだ。


先ず港での「お出迎え」に始まり、トラック「ブルーサンダー号」の荷台にホステラーを詰め込み一路桃岩荘を目指す。先ずホステラーはこのときトラックの荷台に乗せられたことで日常から逃れた自分に高揚し、ヘルパーのパフォーマンスに一喜一憂する。「音声認識装置」が備わっている「ブルーサンダー号」はホステラーの発車合図の合唱が必須であり、さらにホステラーの鎧を脱がせることに一役買っている。遊園地顔負けのヘルパーによる周辺ガイドは杓子定規の世界に生かされている我々現代人にとって、世界で一つしかない、今ここでしか聞くことができない熱いヘルパーの個性溢れる声は聞く者を飽きさせない。


「ブルーサンダー号」が島を東西に二分している山の中腹にさしかかると、ヘルパーの声にも一段と力がはいる。目前に迫った何の変哲もない「桃岩トンネル」は、なんと「桃岩タイムトンネル」とよばれトンネルを通過するとそこは日本国内で唯一、時計が30分早まる時差がある桃岩時間のゾーンへ足を踏み入れることになる。さらに「桃岩タイムトンネル」では一つの儀式が執り行われる。現代の人間誰もが携えている知性・教養・羞恥心を投げ捨てて桃岩荘に至る事だ。人より30分早く行動し無垢になって人と向き合う。そんな桃岩荘のメッセージがひしひしと伝わってくる代名詞「桃岩トンネル」で我々も知性・教養・羞恥心を自身の体内から取り出し、大きく右手を使ってトンネル内で投げ捨てた。


●闇の向こうが桃岩荘のある礼文島西側で断崖絶壁で海に臨む。
 此処で桃岩荘に必要のない知性・教養・羞恥心を投げ捨てる。
 帰路では投げ捨てた物をしっかり拾って帰らないとあとが大変。


まるで辺りから隔離されたように岩壁のふもとにある桃岩荘は海をも望む抜群のロケーションだ。もはや滞在中の3日間は、世俗から離れたこの「桃岩荘」を脱出することはできない。まるで刑務所にでも入るかのように妙な緊張感を維持しながら我々は桃岩荘の玄関引戸をゆっくりと開ける。そこで待ち構えていたものは遊園地のアトラクション顔負けの余興が内玄関で待ち構えていた人々によって「お出迎え」として我々に向けて行なわれる。

予期せぬ玄関での「お出迎え」を受けた我々は興奮冷めやらぬままヘルパーに館内を案内される。囲炉裏のある広間を中心に屋根裏を利用した2階部分には就寝する2段ベッドが所狭しと並んでいる。回廊のようになっている2階部分からはどこからも広間を見下ろせるようになっている。その屋根裏を利用した2階部分にあるベッドは広間からどのベッドも見渡せ、広間を軸にベッドが放射状にあることから「回転ベッド」と名付けられている。

女性は離れの3階で就寝する。食堂はその2階。食堂の隣の厨房では見るところ男性ヘルパーより多くの女性ヘルパーが夕食の準備に追われている。洗面所は二層式の洗濯機が3台、その上部には電気乾燥機もそれぞれ装備させている。男子トイレの小便器には使用後に流れる自動水洗はもちろん無く、プッシュ式の水栓は取り除かれている。その代わりペットボトルに入った水が小便器の陶器の上に無造作に置かれている。もちろん使用後に自分自身で始末する。


●館内には意外にも自動販売機が1台ある。使用後の缶・ペットボトルは
 この宇宙生命体「ギャラン」によって綺麗に圧縮されてゴミ箱へ投棄


桃岩荘といえば知る人ぞ知る「ミーティング」とよばれるホステラーとヘルパーの集いの時間だ。夕食と風呂を済ませれば息つく暇もなく19時半から一時ほど広間で行なわれる。「ミーティング」は二部構成で第一部は正統な島案内。桃岩をはじめ猫岩、地蔵岩の話から元祖チャンチャン焼きの店と予習が十分でない我々にはとても有難い情報だ。そして第二部は振付の歌を合唱する。少なくとも20人は下らないホステラーはヘルパーを軸に扇状の形に並び、それは二重三重の孤を描くほどの群集だ。そして満を持してヘルパーのトークショーをからプログラムがスタートする。我々はその最前列で「ミーティング」を楽しむことにした。

●ミーティング第一部の島案内は礼文島での過ごし方に役立つ


最前列はいわば桃岩荘初体験者の優先席である。「ミーティング」が始まると同時に初体験者は挙手して最前列へ誘導される。みるとこホステラーの半分が今回初めて桃岩荘を訪れた者。半分は二度目の経験者から常連さんといった配分だ。常連さんである彼らは桃岩荘の一日を知り尽くしている。「お出迎え」「お見送り」は勿論、「歌」「振付」そして「食事のメニュー」まで熟知している。初体験者はもちろん「歌」やら「振付」を知る由も無い。特に踊りの「振付」は初体験者が試行錯誤しているなか、同じホステラーの立場でありながら長期滞在者はまるで第二のヘルパーとしての存在意義を初体験者に示している。


●夕食メニューは中華丼・たこカレー・かき揚丼の繰り返し(常連談)。
 食したあとの食器は自身で洗浄して返却するセルフが浸透している。
 自炊またはセイコーマート(コンビニ)の弁当を食す人も見られる。



「ミーティング」終了後、翌日の礼文島縦走ハイキングに参加する人向けに食堂で説明会が開催される。「8時間コース」と公式にうたわれているトレッキングコースは、事実上日本最北端の島(正式にいうと日本最北端の島は択捉島)の北の果てから南下して「桃岩荘」に帰ってくるルートで別名「愛とロマンの8時間コース」とよばれている礼文島滞在のメインディッシュだ。桃岩荘で用意してくれる明日の昼食「圧縮弁当」をこの場で注文。そうこうしているうちに22時の消灯時間が近づく。ハイキングに参加しないホステラー達はヘルパーを含め広間での会話が弾んでいる。それを横目に我々は歯を磨くともう消灯時間だ。


●途中、路線バスに乗って帰路に着く「4時間コース」も選択可



桃岩荘の朝は6時起床。もちろん桃岩時間の話。朝食をすませる前にその日の滞在の有無をホステラー全員が受付で朝7時までに行ない連泊する人はこの時に支払いを済ませる。時間までに意思表示を行なわないと館内放送で呼び出されるので注意が必要だ。朝食後は朝のフェリーで島を離れるホステラーへの「お見送り」が玄関前で行なわれる。そこでヘルパーとホステラーが一丸となって昨夜、皆で合唱した歌を唄い、彼らの姿が見えなくなるまでこの「お見送り」が続けられる。「見返り坂」を上りながら何度もこちらを見返すホステラーに向かって『またこいよ~う』と熱いメッセージ。涙ぐむ人も決して少なくない。


●玄関前の「お見送り」。中央上部に見えるのが礼文島名勝、桃岩だ。



滞在最終日、玄関前の「お見送り」を終えた夕方の船で離島する我々の最後の仕事は館内清掃である。簡単な広間の床の雑巾がけと食堂の床の掃き掃除。子どもの教育にはもってこいのプログラムだ。そして荷物のパッキングを済ませれば桃岩荘を旅立つ時。夕方の乗船までの半日は地蔵岩を拝んで、知床とよばれる桃岩以南地域のトレッキングで幕を閉じる。


●礼文島到着後に港から出航する行き違うホステラーに「お見送り」
 を行なうヘルパーたちの見事なパフォーマンスを見る息子はじめ

港での出航間際の「お見送り」は一般旅行者や船舶関係者の視線をものともしない「ミーティング」で合唱した振付の歌で、それはヘルパーだけでなく、どこからともなく長期滞在者が桟橋に現れそれを後押しする。港に響き渡る見送りの合唱は、既に乗船を済ませた離島寸前のホステラーの足を甲板に向かわせ、甲板の手摺越しにヘルパーたちの動き・叫びに酔いしれる。これで目頭が熱くならなければ嘘だ。


〔あとがき〕
礼文を離れる前に礼文町郷土資料館に立ち寄って一枚の写真を見て驚いた。
それは先ほどまで滞在していた桃岩荘の白黒写真だった。
まったく変わらない風景に一つだけ違うところが見られた。
桃岩荘目前の海岸に漁のボートが溢れ、その昔の繁栄を今に伝えている。
桃岩荘はその昔、一つの漁港の主要な建物として使われていたようだ。
「8時間コース」の帰り道、また地蔵岩訪問時、計二箇所でトンネル工事が進められていた。
その名も「新桃岩トンネル」。
開通後は現在の「桃岩トンネル」は道としては閉ざされるそうだ。
「8時間コース」の朝、岬まで我々を送り届けてくれたオーナーの後継者はいるのだろうか。
この「桃岩荘」を次世代に向かって、多くのヘルパー卒業生を中心に盛り上げてほしい。



●明け方の桃岩荘からの海岸線。中央に小さくあるのが猫岩。



2015年8月18日火曜日

豊富温泉とサロベツ原野


豊富温泉  ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
◉北海道天塩郡豊富町〔ナトリウム-塩化物泉・炭酸水素塩泉〕

クッチャロ湖から道北を横断する県道を豊富町に向かってドライブ。オホーツク海に別れを告げて比較的平坦な山道はすれ違う車が僅か数台、車無し、信号無し、人影無し。動物注意の交通標識は多かったが、蝦夷鹿は現れなかった。途中二件あった牧場の牛たちが妙に心に残る。大自然の中に置かれた人は他に見るものもなく人間は動物と同じ生き物なんだと当たり前のことを思う。

朝9時前には目的地の豊富温泉に到着する。湯場は二箇所あると告げられ早速見に行くと廊下を挟んで入り口は異なる。つまり二箇所の浴場を楽しむには一度脱いだ衣服を着、また脱いで二つ目の浴場に入るといった手間のかかる行程が必要になる。温泉場の人によるとぬる湯と普通湯の違いだけだでぬる湯は湯治向け、一般客は普通湯を強く勧められた。おまけにこの時間のぬる湯は湯治客に占領されていると聞く。案の定、覗いてみると常連さんと思われる湯治客10人位が丸く円弧を描き湯に浸かりながら談笑している。それに水を差すように脱衣場の戸を引き中を覗き込む小生。20以上の視線が一気に集まる。気まずい雰囲気だ。鶴の恩返しとはいかないが、まるで見てはいけないものを見てしまったようでぬる湯に入るのはあきらめパスしてしまう。

一般客向けの湯場は先客が2人。湯の色は薄めの褐色でその湯の表面に油がプヨプヨ浮いている状態だ。石油臭には慣れてはいるが、ここまで油分が湯に混ざっているのは初体験で笑みがこぼれる。湯に潜り存分に北海道の素晴らしい温泉を楽しむ。至福のひとときだ。子どもに急かされ湯場を離れるも、やはり気になる湯治湯のぬる湯。帰りがけに再度覗くも、湯治客に占領されている状態は変わっていない。まあ湯の温度の違いだけならいたしかたあるまい。自分にそう言い聞かせ温泉場を後にする。

この温泉場は温泉マニアのサイトで知り駆けつけたわけだが、コメントを読んでしまうと湯の楽しみが半減されてしまうため、大半の内容は実際に湯を楽しんだ後に読むことにしている。今回も温泉場名、場所とオススメ度の星マークしか確認しなかった。

帰京して温泉マニアのサイトを読んで驚いた。湯治客用の湯と一般客用の湯は全く異なる湯で、しかもそのコメントを読んだら最後、湯治客用の湯は特筆する湯で絶対に入りたくなるようなことが書かれているではないか。。。。うううっ。。やられた。

今考えると温泉場の人から見ればわたしは子ども連れのごく普通の流れの典型的な一般客で、とても泉質にこだわってこの温泉に来ているようには見えなかったであろう。普通湯を勧めた温泉場の人を責めるつもりはないが、道北まで来て目の前にある温泉を一つ逃した自分に腹が立つ今。再訪して湯治湯に入ることを夢見る。


⚫︎天然石が磨かれている状態を見るかぎり温泉の濃度は聞くまでもない


2015年8月17日月曜日

クッチャロ湖キャンプ場と浜頓別温泉

クッチャロ湖キャンプ場

オホーツク紋別空港から海沿いの国道を北上すること約100キロ。浜頓別は稚内に至るドライブの中継点に位置し、温泉とキャンプが同時に楽しめる施設があるので迷うことなくここで一泊させていただくことにした。

羽田空港の保安検査でキャンピングガスを没収されキャンプ場での食事に若干の不安があったが、幸運にもアウトドア用品も扱うスーパーマーケットに巡り会いキャンピングガスと食料を買い込むことができた。これでキャンプ場での食事には支障がなさそうだ。

途中、サロマ湖と興部町に寄道。オホーツク海を臨むドライブにエアコンは不要で、窓を開けて受ける風が涼しげに私たちを迎えてくれた。東京の距離1キロは横浜の5キロ。東京の1キロは北海道の10キロ。そんな車中での会話のなか、窓からの景色は、あたり一面に広がる草原と牧場。道路の巾もゆったりと作られていて車の走るスピード感覚も内地とは異なり、60km/hで走っているつもりが80km/hは出てしまうといった具合だ。

⚫︎牛と海そして草原 生まれて初めて見るこの景色はまさに異国情緒



●麦畑 生まれて初めて見るこの景色はまさに異国情緒


初めて北海道の地を踏む息子、はじめは初めて見る車道境を示す矢印に興味津津。雪国ゆえの事とは理解できるが赤色と黄色があり、違いを質問されるが正直よくわからない。信号機は雪が信号機の上に積もらないように配慮されているのか、もしくは制限速度表示もない国道ゆえ、スピードを出すドライバーが多いため安全を配慮してかわからないが信号機は全て縦型で勿論赤灯が上にある。北海道はまるで異国。私もなにを隠そう僅か半年前に初めて北海道を訪れたばかりの北海道初心者である。

クッチャロ湖のキャンプ場には夕方の6時頃に到着。日が暮れるまでにキャンプ場で借りたテントを張らなければならない。テントはテント内で直立できるほどの高さをもつ大きさでファミリー向けの5人用といった具合でかなり大きい。このような大型テントは当然今まで張ったことがない。正直、小型のテントでさえ前回の海外旅行のチリ、パイネのトレッキングで人の手を借りて張った経験しかない。学生時分からテントを張ったオートキャンプ、山中のテントには興味はあったが時間と金に余裕がなく、これらの活動は将来の楽しみに取っておいたもののひとつであり、なにを隠そうまったくのキャンプ初心者である。





浜頓別温泉 ⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
◉北海道枝幸郡浜頓別町クッチャロ湖畔〔ナトリウム・塩化物・炭酸水素塩泉〕

見馴れた褐色の湯の浴場は平成の世に作られたいたって平凡な公営の温泉浴場「はまとんべつ温泉ウイング」はクッチャロ湖湖畔に建つファミリー向けのホテル併用温泉である。夏休み期間中とあって道内からのファミリーを中心とした多くのお客さんは浴場内で夕飯前後の湯を楽しんでいる。

併設されている湖畔のキャンプ場の管理はこちらで行われていて、秋の気配がする肌寒い陽気といつの間にか寒がりになっていた子どもの体調も重なって毛布を一枚レンタルした。キャンプ場は広いこともあり人はまばらに見えるが数えるとそれでもしっかり30人はいた。車、バイクそして自転車と交通手段は様々だ。決して広くはない浴場にも30人近くの人が所狭しと広大な北海道にしては少し密度が高い。

空が臨める露天風呂でもあれば人口密度もさほど気にはならなくなるものだがそれも無く期待も半減される。そんなことはおかまいなしに子どもはこれから入る湯舟を前にニコニコはしゃいでいる。動く速度も子どもらしく小走りだ。そんな姿を見ていると湯の質は二の次。父親として子どもと旅行できる喜びを噛み締め湯舟に浸かる。

浴槽にゆっくり浸かり右手で湯を揉む。その感触に驚く46才。見事な弾力性に富んだ湯で素晴らしいヌルヌル感。これは恐れいった。完璧にやられた。いたって平凡な湯と思いきや、口元が緩む。薄口醤油で作ったタレのような絶妙なトロミは浴槽に浸かる老若男女がまるで中華丼の具に見えてきた。

今夜はキャンピングガスでマカロニを茹でミートソースを加えてあたためる。そしてワインと乾き物、スナック菓子で一杯。締めはカップ蕎麦。帰宅したら自炊メニューの中華丼に副題として「浜頓別温泉タレ」を付記しよう。中華丼のたびに思い出す温泉は驚きも加点され堂々と星5つとさせていただく。北海道の温泉恐るべし。

⚫︎倒壊寸前のファミリーテントは強風にあおられながらも朝までこらえてくれた




2015年3月22日日曜日

ホテル湯王温泉 ⭐️⭐️⭐️

◉山梨県甲府市住吉〔単純泉〕


ホテルのフロントの目前に銭湯をまるごと移設してきたようなつくりは、松竹錠の下駄箱を挟んで左に男湯、右に女湯の暖簾が垂れている。一石二鳥のこの空間はまさに甲府出張の温泉好きなわたしのために生き残ってくれていた昭和の温泉ホテルと言うことができる非常に合理的な施設である。さらに驚いたことにホテルの外壁の一部であるガラスには様々な催しを記す「張り紙」があり「超初心者向けパソコン教室開催中」等、宿泊以外にも温泉銭湯の集客力から地元住民との横のつながりは強そうだ。
⚫︎立派なホテル正面口の奥には新館もあり決して規模は小さくない


フロントでは旦那が問い合わせ客の電話対応中。そこで先ず浴室入口周辺をチェック。その後、辺りを見渡すと壁に埋め込まれたショーケースのような展示スペースに甲冑やら何やら無造作に並べられている。ロビーには柱時計。。。これは正真正銘の正統派、昭和の田舎ホテルである。わたしの世代には懐かしいやら恥ずかしいやら、電灯もうす暗く、まるで実家にいるような感覚で非常に落ち着くのはわたしだけではないだろう。

チェックインは前金制で税込3,600円を支払う。甲府から身延線で「湯王温泉」がある甲斐住吉までの交通費190円×2を含めても4,000円とユースホステルなみの価格である。しかも部屋はもちろん個室でベッドは清潔なシーツでしっかりとベッドメイキングされていて、TV、WI-Fi、冷蔵庫、便器のあるユニットバス、浴衣そしてなんと「ちゃんちゃんこ」まで用意されている。これには平伏した。少年時代に連れていかれた宿で着た覚えのある「ちゃんちゃんこ」にそっくりだ。色柄、質感までまったく同じもののように思えてならない。およそ40年もののビンテージ。泣ける。
⚫︎昭和時代に流行った色のカーペットに織物調の草色ちゃんちゃんこ


さてお目当ての温泉は午前6時から午後10時まで。時間を有効に楽しむことを考えると夜間は外出して楽しみの温泉はチェックアウト前の朝風呂とする勇気ある決断。外出といっても向かう先は近隣の温泉銭湯である。足はホテルの貸し自転車。貸し自転車が準備されているホテルは本当に有難い。出張先のホテルの決め手は金額はもちろん貸し自転車の有無がとてもとても重要な要素だ。

チェックインの時に朝食をホテルに依頼するか少し迷った。金額は700円となんとも判断に迷う。夕飯にありつけない場合も想定すると朝食はしっかりと取りたい反面、旅先で満足する食事にありつけない場合は断食やパンをかじる程度で済ますことが多い自分を知っているからである。今回、ホテル側には申し訳ないが満足できる朝食ではなさそうなのであっさりとパスすることとした。

⚫︎旅先で得意の自分撮りが出るときは上機嫌の証し


翌早朝、近くの住吉神社まで散歩に向かう。フロント目前の浴場下駄箱前には男性の靴が一足、朝湯を楽しんでいることを知らせてくれる。ホテル滞在客は多く見積もっても10人程度だろう。散歩から帰れば浴場にはもう誰もいない貸切風呂を楽しめるに違いないとたかをくくって散歩に出かける。これから出逢う新しい温泉に期待して散歩から帰り、すぐさま浴場へ向かう。ところが下駄箱前に着くと靴はもう一足増えていた。先に入っている人は早朝から長湯な男だ。と余計なお世話と思いながらどんな面か見に浴場に入ると驚いた。なんと浴場には7人位の人が湯を楽しんでいる。靴は皆、行儀よく下駄箱におさめていたのだ。しかも男たちはほとんど早朝風呂を目当てに自宅からやってきた先輩群オヤジ達である。いっぱいやられた。これが地元に根ざした素晴らしい複合施設「湯王温泉」の朝である。

湯は無臭で柔らかな鉄錆味がする淡い黄褐色で飲用可の印であるカップが湯出口の龍の頭に置かれている。水栓から注がれる湯も温泉の印で金具が褐色に染まっている。ぬるぬる湯、ぬる湯、標準と3つの浴槽に加えて幼児用プールのように浅い浴槽が1つ打たせ湯とともにある。設備は全体的に古さを隠せない。いや隠そうともしていない堂々たる姿で年輪を重ね続けている。豊富な湯量は自噴で毎分400リットル、30秒でドラム缶1本が満タンになると誇らしげに書かれた看板がエレベーターと浴場内にある。泉質のインパクトは無いが、日常の湯治風呂として周辺住民への効用は絶大なものがあるに違いない。一見くたびれたあやしいホテルに見える「湯王温泉」だが、ホテルの枠を越えたある意味最先端多様なサービスを提供する素晴らしい複合施設。これからも地道な継続した活躍を期待したい。

⚫︎なんとユニットバスの蛇口から出るお湯は正真正銘の温泉


2015年2月12日木曜日

初めての飛行機(いずみ5才)

広大な空の下、JR釧路駅に隣接するバスターミナルに真っ赤なエアポートバスが定刻通りに到着。そして約30分、釧路たんちょう空港に着くといよいよ5才の泉との北海道の旅も終わりを告げられたようで少し寂しい気分だ。そんな親心とは裏腹に初めての飛行機の搭乗に少し緊張しながらも興奮気味の泉くん。今回の旅行の最後のハイライトだ。

⚫︎釧路たんちょう空港ではかわいい小さな雪だるまたちがわれわれを迎えてくれた

平日ということもあり空港内では子どもを見かけることがほとんどなく、チェックイン後の手荷物検査所目前で「子どもが飛行機に乗ることができるか聞いてみる」と泉に少しおどかしてみると、手荷物検査所通過後はホッとした様子で「駄目かと思ったよう」と満遍の笑みを浮かべた。
⚫︎手荷物検査をパスすると安心した笑顔を見せてくれた

釧路から羽田まで1時間40分のフライトは初めてマイレージを利用してJAL便で2人分のチケットを購入。離陸後の窓から望む雪化粧した太平洋の海岸線の景色は、あっという間に整然と埋め立てられた地形をもつ東京湾のコンビナートへと様変わりし、乱立する都心のビル群に変化していった。

●機内でもらったミニミニ飛行機で早速飛行機ごっこ。表情が真剣。


数日後の自宅でのプラレール遊びではSLが主役で駅名は札幌、西18丁目、帯広、釧路。特急の名称はスーパーおおぞら号。そして空港があり飛行機のオモチャが仲間に加わっていた。

2015年2月11日水曜日

釧路湿原とうろユースホステル

雪一面に覆われた釧路湿原を背景にのんびりと行き交う列車をホステルの窓から見下ろしながら遠く阿寒岳を臨みたそがれることができる。なんと素晴らしい景色だろう。その景色を楽しむことができる南側の部屋を提供していただいたことに宿泊2日目にして気がつく自分の愚かさに頭を抱える。明日のチェックアウト時に必ず礼を言おう。
⚫︎大自然を背景にローカル線がゆったりとした時の流れを知らせてくれる

2015年2月10日火曜日

北海道共和国

■札幌雪祭り
札幌は日本語を公用語とする異国である。「札幌雪まつり」の開催中に初めて訪れた札幌北海道は通貨、言語こそ日本そのものだがこの短期間の滞在中、常にインターナショナルな異国の雰囲気を与えてくれる。テレビ塔下のアイススケートリンク。歩くスキー体験コーナーでは係員に質問したら久し振りに日本語で話しかけられたのでビックリしたか、わたしの容姿が日本語で話しかけたので仰天したのか定かではないが、異国人率100%である。少し大げさな話だがわたし個人的な日本のイメージは年を重ねるにつれ、いくつかの国と地域に分割されはじめている。

⚫︎翌翌日の気温上昇と雨天により解体を余儀なくされた大通会場の「雪のスターウォーズ」




■日本連合国
経済の中心東京を拠点とする東京国家 (多くの自治区を抱えている)
自治拡大を図り大阪都を構想している関西(大阪・京都・神戸)州
③琉球王国(未訪問) 
④札幌を中心とした北海道共和国の誕生(今回初めて北海道を訪問)
〔実は勇み足で20代後半に函館大沼スキー場滞在済〕



■滝野すずらん丘陵公園
5才の次男坊を連れ、地下鉄と公営バスを乗り継ぎ札幌中心部から1時間程度の国営の小規模な子どもむけのスキー場に向かう。公営バスは1時間に1本で決して便利とはいえない。スキー場へのアクセスはスキーの特徴のである荷物が多い理由で必然的にマイカーが主流だろう。そんなことを考えながら地下鉄の終点で下車。公営バスに乗り継ぐバス停に向かうと予想を反して子ども連れの親子の行列が目にとまる。きっと北海道の人は東京国家の人に比べて堅実なのであろう。見習わなければならないな。と思っていると、どうも様子がおかしい。自分がまるで異国にいるようでその行列はアジア圏の人々、中でも中国人がバス全体の乗客の7割を占める。彼らが札幌の住人か観光客かはもはや問題にならない。東京国家ではバスを異国人が占用することはあり得ない話だ。インターナショナル都市、札幌はまさに異国。札幌共和国の誕生である。(後日のSL冬の湿原号により北海道共和国に改称)

⚫︎思いのほかまったくこわがることなくスキーを楽しんでいた次男坊には是非武道をさせてあげたい


■SL冬の湿原号
釧路から塘路まで釧路湿原を走破するSL冬の臨時列車に乗車した。切符を購入した10日程前に座席の大半は団体に占領されていることは知っていた。第二の人生を送っている年配の方の団体旅行であることは疑う余地もないだろう。しかし時代は2010年代もすでに後半。釧路駅3番線のプラットホームはSLを撮影するカメラマンでごった返していた。どうも様子がおかしい。交代でSLを撮影する阿吽のタイミングが合わない。所謂撮り鉄の譲り合うリズムとも違う。年配者の動きにしては早すぎるし、SLと写真におさまるモデル同士が頻繁にぶつかり合う。。。
客車内にはストーブも設置されており乗務員が多い臨時列車内のデッキで乗務員同士の会話を耳にした。苦笑いしながら。。。「お前、中国語が上達したな」


⚫︎異国人に占領されたSL号の客車。我々も北海道ではもはや異国人だ。



2015年2月9日月曜日

トイピルカ北帯広ユースホステル

周辺の雪質は最上級のパウダースノーで水分を十分に含んだ雪に慣れている者にとって、雪だるまがつくれないほどの雪質はただ驚くばかりで、ホステルの方の話では今日の雪はまだ湿りっ気があるほうだそうだ。スキーだけをするためにわざわざ外国から北海道を目指す人があとを絶たない理由がわかる気がする。冬季札幌オリンピックの開催は時間の問題だろう。敷地内に薪がふんだんに積まれたロッジ風の施設と満足のできる食事は夢のサイクリング北海道旅行で是非また訪れたいホステルだ。


⚫︎小さな可愛いひな飾りは五人ばやし



2015年2月8日日曜日

札幌円山ゲストハウスつむり庵

▪️廃止直前のブルートレイン北斗星の切符の取得は困難を極める。5年前に長男坊の5歳の成長を記念して石川県の金沢にちょうど2月の冬、二人で旅行に行った。金沢を選んだ理由は、

廃止直前のブルートレイン北陸に乗車する事
②スキー体験をさせる事
③加賀にいる学生時代の陶芸家の友人に会いに行く事


▪️今回も5歳になった次男坊の成長を記念して旅行を計画。北海道を選んだ理由は、

①廃止寸前のブルートレイン北斗星に乗車すること
スキーを体験させる事
③札幌雪祭りに行く事
④SLに乗る事

出発1週間前にヤフーオークションで都合の良いチケットに出会いすぐさま落札。割高だがいたし方ない 。ここまでは順調だったが札幌での宿が全く取れない。一泊2万円、3万円の高級ホテルは別として出稼ぎ労働者が寝起きするようなドミトリーから安宿、ユースホステルと全滅だ。世界から200万人の来場者があると聞く。札幌泊は断念か。。。電話すること10数件目、開業4年目のゲストハウスのベッドが1つだけ空いている。これは良かった。5才の次男坊と一緒に寝ればいいのだ。最悪のケースはこうして逃れることができた。

⚫︎ツードームは雪遊びができる札幌雪祭りの第2会場



ゲストハウスつむり庵は札幌大通りから歩こうと思えば歩ける距離の札幌円山公園の西に位置している。滞在2日目は案の定、市電の西15丁目から日がくれた雪道の中、なんなく歩いて帰ることができた。問題のベッドは幸運にも3泊中2泊は別々のベッドで寝ることができた。ゲストハウスの特長だが細部はその時になってみないとわからないところがある。

若い女性がオーナーで建物内は清潔すぎるくらいのところがあるが、我々を除いたゲストは全て外国からのお客さんということもあり堅苦しさは少ない。最終日にドラム式洗濯乾燥機を使用させてもらったが乾燥後の仕上がりが抜群に素晴らしい。初体験ということもあるが普段ペシャンコの肌着が本当にふっくらと別物のように仕上がっているのだ。経費はかかるだろうがドラム式洗濯乾燥機は素晴らしい技術だ。

⚫︎人なつっこい泉は「おまえ誰?」と外国人だろうが誰にでも話しかける

2015年2月6日金曜日

さよならブルートレイン

子供時分からこの時期のニュースを見るたびに一度行ってみたかった札幌雪祭り。ようやくめぐってきた人生折り返し後のこの機会。最愛の子どもたちの一人、5才の次男坊と廃止間近にせまった上野19:03発のブルートレイン「北斗星」に乗り一路「札幌」へ。



北海道新幹線開業に向けた青函トンネルの工事が必要とやらで3月14日を最後に運行を取り止める。そんな時期にこの車両に乗車している人達にビジネスの人は勿論、純粋な旅行者は数少ない。一眼レフのカメラ持参率は少なくても50%以上で、平日の出発もあってわたしには無縁のサラリーマン定年退職後の60歳前後の世代の方々が案外多く乗車されていた。

全11輌車を見渡したかったわたしは出発1時間後位で座席指定のある進行方向後ろの2号車のB寝台車から前方の客車へ向かう。ちょうどその中間あたりにロビー車と呼ばれるソファーがあるフリースペース車両があり、車窓から見える通過する駅ホームに立ち並ぶ帰宅電車を待つ人々に少しの優越感を感じながら自己満足している人々でごった返していた。その合間を縫って歩いて次の車両、食堂車へたどり着く。少しためらいながらもその食堂車と書かれた入口の引戸をゆっくりと少しあけて覗き込む。やはり食堂車は満席で照明が少しだけ暗い気がした。少し改まった雰囲気でデーブルライトにワイングラスをかたむけてディナータイムを満喫している人々とその対応に追われているウエイターでその食堂車は他の者の侵入を拒んでいるような気がした。客車前方に行くにはその空間を通過し、また数分後に戻ってきて再びそのテーブル脇を通過することで、その勇気はいまのわたしにはなく、素直に前方の客車への移動は諦めた。そして再び人混みのロビーカーを縫って帰るその途中、少し興奮した様子で首から大きな一眼レフカメラをつり下げた60歳位の男性に気をとられる。その男性は同じような境遇の人達に向かって大きな声で語っている。あれではロイヤル(前方の車両にあるグレードの高い個室がある車両だろう)に行けやしない。まったく理解できないとの趣旨の事を語っている。いい大人がまるで子どものように我を忘れ夢中になっている。一般常識の無いオタクジジイ我慢しろよと思う気持ちは僅かばかりで、どうしてどうしてまだまだ本気になれる物しっかりと持っているその心に大きく揺さぶられた。彼等から見てまだまだ若いわたしがこんな物分かりの良い人ではいけない。そんな気持ちにさせてくてた所謂撮り鉄の人生の先輩方であった。
⚫︎午前4時の青森駅で機関車交換作業に車内から曇りガラス越しにその機関車のトレードマークを写真におさめる人々でごった返す1号車の最前列
曇りガラス越しに見えるうっすら赤く見える部分が機関車で青く見える部分がそのトレードマーク

気がつけばその列に並んでいるわたしがいた

2014年1月12日日曜日

初詣はMTBレンタルで鎌倉・江の島周遊

MTBのレンタルショップで品定め。サイズが心配だが小柄な大人用でギリOK。
生まれてはじめて乗るギア付の自転車にすこし興奮している様子で笑顔が絶えない
長男は、健康でまっすぐに育っているように思え、私にとっては至福のひと時だ。
時折少しよろけながらも“銭洗弁天”への上り坂までたどり着いた。まずは一安心。



   
年に一度くらい鳥居をくぐり餅でも食べないと日本人であることを忘れてしまう。

“長谷の大仏”からは海岸線を西へ。“稲村ケ崎”で一休み。
岩肌で気軽に寄り道できるのもサイクリングならでは。。。

片瀬江ノ島の東浜は新年恒例?の空手の寒稽古で賑やか。
長男には水泳と“武道”をさせたかったが、水泳6年継続中で、
“武道”にかわる“体操”は3年継続中だ。“武道”は次男いずみがのぞみ。
調子にのって鵠沼通過。少し疲れてきたところでもう少し。
目指す辻堂のとんかつ屋といえばもちろん“大関”である。
ここ10年、休日の外食の9割はとんかつ屋ではないか。。。
“とんかつ”と“おんせん”は働き盛りのわたしの代名詞でもある。
江ノ島で一休みして一路ゆっくり鎌倉へ。

MTB返却前に“ひとっぷろ”わすれない。